ドゥルーズの哲学原理 – 國分 功一郎

51ab4S05XQL

今日なお影響を与え続けるジル・ドゥルーズ(1925─95年)は、哲学史研究から出発し、独自の哲学を打ち立てたあと、精神科医フェリックス・ガタリと共著を生み出し、晩年には芸術論に取り組んだ。この稀有な哲学を貫くものは何か──多様な顔をもつ哲学者の方法と対象を精緻に分析し、その思想の核心と実践的意義を探る。

データ・サイエンティストに学ぶ「分析力」

51vMdiePZBL

米ハーバード・ビジネス・レビュー誌が「21世紀で最も魅力的な職業」と呼ぶ職業、それは「データ・サイエンティスト」だ。

本書は、“既に手元にある魅力的なデータ(Sexy Little Numbers)”を、これまでとは違った角度から分析し、思い込みをこわして新しいビジネス戦略を描き成功させたデータ・サイエンティストの手法を、実例と多数の図表を交えて紹介する。

データを分析し、誰に、何を、どのメディアを通して、いくらの予算をかけて消費者にアプローチするか、マーケティング戦略を決めたらどう実行に移し、その結果を測定して最適化を図っていくか、という「データ・アナリティクス(分析)」の一連のプロセスがわかる。

著者は、大学時代に計量経済学を学び、統計学のトレーニングを積んだ後、世界的広告会社オグルヴィのデジタル・マーケティング部門でシスコシステムズ、BT(ブリティッシュテレコム)などの大手クライアントで実績を積んだ生粋のデータ・サイエンティスト。「測定した結果が何の意味をもつのか」をシンプルな形で示すことに徹底的にこだわる。本書で掲載する70点の図表も、いずれもビジネスの現場で練り上げられたものばかりである。

世界は考える Project Syndicate

51LY3xaLsWL

世界論調ーこの人選から未来を読む

ソロス、ゲイツ、黒田東彦をつなぐ。国際言論団PROJECT SYNDICATE 、2013年を洞察する強力論集を発表。豪華メンバーによる論考集『混乱の本質』(ソロス、スティグリッツ、トリシェ、ラガルドほか著、徳川家広訳、土曜社)につづく、プロジェクトシンジケート叢書の第二弾。現代最高の知性たちが、2013年の政治・経済のゆくえから社会までを鋭く洞察する。全23名の政策当事者・研究者たちによる圧巻の論考集がここに。

▼新しい協調が始まった――衆議院解散当日、ゴールドマン・サックス・アセットマネジメントのオニール会長が「ウィ・ウォント・アベ!」と題するリポートを発表▼24名の要人が各地で本書を執筆(安倍晋三首相のみ収録できず)▼総選挙で自民党が勝ち、第2次安倍内閣が発足▼スティグリッツ教授がダボス会議で「アベノミクス」を評価▼ヘッジファンドの巨頭ソロス氏が11月以来の円安で約930億円の儲けと米紙ウォールストリートジャーナルが報じる▼ラガルドIMF専務理事がG20で「(円もユーロも)適正な価値から逸脱していない」と論じる▼安倍首相が次の日本銀行総裁に、アジア開発銀行の黒田東彦総裁を指名……

※諸般の事情で、安倍晋三首相の論文は収録できませんでした。詳しい事情は、弊社ウェブサイトでご案内します(2/26)。

野中邦子さんが翻訳。ロバート・ヘンライ『アート・スピリット』や、アンソニー・ボーデイン『キッチン・コンフィデンシャル』『世界をくいつくせ!』など人気の野中訳で、世界最高峰の論文が読める。

Project Syndicate

日本人というリスク – 橘 玲

51CS3eIQ+eL

本書では、個人の人生を金融資本と人的資本で説明しています。しかし私たちはたったひとりで生きていくのではなく、誰もが社会(共同体)との関係のなかで人生を始め、成長し、終えることになります。その意味で私たちが持っているもっとも大切な資本とは人間関係、すなわち「社会資本(ソーシャルキャピタル)」ということもできるでしょう。私たちの社会資本は、好むと好まざるに関わらず、日本という社会に大きく規定されています。だとすれば社会資本について考えることは、「日本人であるとはどういうことなのか」という問いに答えることにほかなりません。それはまた、「私はいったなにものなのか」を問うことでもあります。

日本人はずっとムラ社会的な人間関係(世間)に守られて暮らしてきましたが、その窮屈な世界を憎んでもきました。故郷を捨てて都会に出ても、こんどは会社という別の世間に取り込まれて生きるしかありませんでした。しかし今や会社共同体も解体し、私たちは1人ひとりの金融資本と人的資本だけを頼りに、グローバルな史上経済と孤独に相対することを余儀なくされています。

いずれにせよ、私たちは戦後的な価値観を精算して、ポスト3・11の人生を歩きはじめなくてはならないのです。

下流志向 (学ばない子どもたち 働かない若者たち) – 内田 樹

41WZevKthgL

彼らはどうにかして、「国民国家的なもの」、とりあえず「寿命の長い共同体」を想定して、そこに参加して、先行世代から「パス」を受け取り、後続世代に手渡すという「物語」を採用しないと子どもを成熟に導くことは困難であるということは理解しています。私としては、そういうつよい危機感をもった人たちが自然発生的に「学びと労働の拠点」を構築して、グローバル資本主義の放つ「圧倒的な合理性」に対抗するというかたちしか、短期的な戦略としては構想することができません。

『下流志向』韓国語版序文

スピノザの方法 – 國分 功一郎

51GT8-XXnAL

「〈われわれが崇高な諸問題の思索に際して安全かつ倦怠なしに進みうるような方法が存在するのかどうか、あるいは存在しうるのかどうか。それとも、われわれの精神もわれわれの身体と同様に偶然に従属し、またわれわれの思想は技術によって支配されるよりも偶然によって支配されることが多いのかどうか〉バウメーステルが尋ねているのは噛み砕いて言えば次のようなことだ。ものを考えるにあたりわれわれは暗闇のなかをひとり手探りで進まなければならないのか。それともその暗闇のなかには道案内がいるのか。また道案内は可能か。

スピノザは、まさにこの素朴な問いについて考えをめぐらせていた。彼は最終的に『倫理学』という書物を完成する。〈倫理学〉とは平たく言えばいかに生きるべきかについて考える学問であるから、彼は彼なりにこの問いへの答えを見つけ出したのである。われわれの目的はこの答えを解明することである。だからわれわれは、バウメーステルと同じ問いをふたたびスピノザ哲学に投げかける。そしてスピノザが残した著作にその問いへの答えを探す」有限な知性はいかにして十全な観念を形成しうるのか。『知性改善論』『デカルトの哲学原理』から『エチカ』冒頭部までを徹底的に精読、スピノザの思考の筋道を内在的に押し広げ、その論理展開と問題意識とをスリリングに解き明かす。気鋭の哲学者による「平行論」の新たな地平、類書なきスピノザ基礎論!

ベルクソンはこんなことを言っています。哲学者の書物を何度も読み、その思想に慣れ親しんでいくと、何か単純なもの、あまりに単純で哲学者自身が言い当てられなかった何かに出会う、と(『哲学的直観』)。哲学者の書物は難解で抽象的な概念に覆われています。 しかし、それはこの単純なものを表現するための手段であり、それに到達するためにこそ哲学者は抽象的な概念を駆使してものを書き続けるのです。この単純なもののことをベルクソンは「直観」と呼んでいます。
では、この直観はいかなるものでしょうか? ベルクソンはこう言います。哲学者本人でも表現しきれなかったこの直観をわれわれ読者が表現できるはずがない。しかし、私たちにも捉えることができるものがある。それはこの直観と抽象概念との間にあるイメージである……。後にジル・ドゥルーズはこのイメージを「思考のイメージ」と呼び、いかなる哲学的理論もなんらかのイメージを前提にしていると論じることになります(『差異と反復』)。

私は哲学の本を読むときに大切なのは、その哲学者の「思考のイメージ」を捉えることだと思っています。さまざまな哲学的概念の定義を暗記していくのも大切ですが、このイメージに出会うことができなければ、その哲学者を理解したとは言えないでしょう。簡単に言えば、「この哲学はこんな感じの哲学だ」というイメージをつかむということです。『スピノザの方法』を書くにあたっても、スピノザの「思考のイメージ」をつかむことが大きな課題でした。それにはなかなか難儀しましたが、私はひとつのヒントを手に入れました。それはスピノザに大きな影響を与え、またスピノザが乗り越えようとしたデカルトの哲学と比較してみるということです。この作業を進めるなかで、それこそ私はある「直観」を得ました。それが、説得を求める哲学と説得を求めない哲学という区別です。
デカルトは説得を求める哲学を構想しました。彼の言うコギトの真理とは、どんな懐疑論者であっても説得してしまう「一撃必殺の真理」です。彼はそんな説得の要請を念頭に置きながら壮大な哲学体系を難解な概念を駆使して構築していきました。それに対しスピノザは、説得の要請こそがデカルトの哲学を歪めてしまっていると考え、説得を求めない哲学を構想したのです。

スピノザの『知性改善論』に現れているのは、説得の要請から限りなく遠いところにある真理観です。そして、同じくスピノザの『デカルトの哲学原理』に現れているのは、なんとかして説得の要請からデカルト哲学を引き剥がそうとする読解態度です。私の本はこのふたつの柱を立てたうえで、『エチカ』を読むための基礎論をつくりあげようとしています。
スピノザの名前はよく知られていますが、『エチカ』の幾何学的様式による叙述は、スピノザに関心をもった多くの読者をなかなか寄せ付けないところがあるようです。『スピノザの方法』はスピノザが要するに何をやろうとしているのかを明らかにしていますので、読者のみなさんがスピノザ哲学に親しむにあたっての一助になるはずです。スピノザに関心はあるけれど……という読者の方々にぜひとも本書を手にとっていただきたいと思っています。(2011年1月 國分功一郎)

researchmap >>